大阪高等裁判所 平成9年(ネ)2167号 判決 1997年12月18日
控訴人(原告)
岩本日出子
ほか二名
被控訴人
柏寿直
ほか一名
主文
本件各控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
【以下においては、被控訴人柏寿直を「被控訴人柏」といい、その他の略語は原判決の例による。なお、甲一の1(平成七年八月二六日付け実況見分調書)添付の「交通事故現場見取図」を別紙として本判決に添付し、「別紙見取図」と略称することとする。】
一 当事者の申立て
1 控訴人ら
(一) 原判決を取り消す。
(二) 被控訴人らは、連帯して、控訴人岩本日出子に対し一二五〇万円及びこれに対する平成七年八月二一日から右支払済みまで年五分の割合による金員を、控訴人岩本克之、同陶浪陽子それぞれに対し六二五万円及びこれに対する右同日から右支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(三) 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。
(四) 仮執行宣言
2 被控訴人ら
主文同旨
二 事案の概要
原判決の「事実及び理由」欄のうち「第二 事案の概要」に示されているとおりであるから、これを引用する。
三 争点に対する判断
次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄のうち「第三 争点に対する判断」に示されているとおりであるから、これを引用する。
〔原判決の訂正等〕
1 原判決一六頁七行目の「主張する」の次に「(争点2)」を加える。
2 原判決一七頁二行目の「争点2」を「争点3」と訂正する。
3 原判決一八頁四行目の「証人奥村」から六行目末尾までを「証人奥村は、德一郎は横断途中に本件事故に遭ったものであって、横断することを止めて引き返してくる途中に本件事故に遭ったものではない旨の証言をしているが、右証言内容を前提にすると、甲一の2(平成七年八月二三日付け実況見分調書添付の「交通事故現場見取図」)の記載に照らし、同証人がやや上り勾配の道路(検甲一)上を五・八メートル進む間に德一郎は道路を横断するため東から西へ僅か〇・九メートル進んだに過ぎないということになるが、本件事故当時いかに車の交通量が少なかった(乙三、証人山本の証言)とはいえ、そのような極めて緩慢な歩行速度で道路を横断するということは容易に首肯し難く、証人山本の右証言は措信することができない。」と改める。
〔控訴人の当審における補充主張に対する判断〕
1 (逸失利益の算定について)
控訴人らは、德一郎の逸失利益は賃金センサスに基づき算定されるべきである旨主張する。
しかしながら、損害賠償制度は被害者に生じた現実の損害を填補することによって損害の公平な負担を図ることを目的とするものであるから、逸失利益の算定に当たっても、基本的には、当該事案における具体的事情に応じて、被害者の事故当時の収入を基礎として個別に算定すべきであると解するのが相当である。すなわち、本件のように実収入が賃金センサスの平均賃金を下回る給与所得者の逸失利益を算定するに当たっては、事故に遭わなければ近い将来転職によって平均賃金額と同程度の収入が得られたはずであるという蓋然性が具体的に認められるとか、現実の収入は副業的なものであって他にも斟酌すべき稼働の事実がありこれをも加算すると基礎収入が平均賃金に達すると評価し得るとかいった特段の事情が認められない限り、賃金センサスなどの諸種の統計的数値に直ちに依拠するのは相当ではなく、まず現実の収入を基礎として損害額を算定すべきであって、このような算定方法を用いたとしても不合理ではないというべきである。本件においては、証拠上右にいう特段の事情の存在は認め難いので、控訴人らの前記主張は採用することができない。
2 (過失相殺について)
(一) 控訴人らは、甲一の1(平成七年八月二六日付け実況見分調書)を前提にすると、「德一郎は、五六歳という年齢にもかかわらず、約三秒弱の間に、それまで進行していた方向とは反対方向に振り返り、さらに、約三メートルもの距離を移動するという離れ業をやってのけたということになる。」ので、右証拠は信用できない旨主張する。
そこで検討してみるに、
(1) 別紙見取図によると、被控訴人柏が最初に德一郎を認めた地点は別紙見取図表示の<1>地点であり、その時德一郎は別紙見取図表示の<ア>地点に位置し、加害車両が更に九・七メートル走行し別紙見取図表示の<2>地点にまで達した時、德一郎は一・四メートル進み別紙見取図表示の<イ>地点に位置していたということになる。
ところで、被控訴人柏は捜査段階において「時速四〇ないし五〇キロメートルで別紙見取図表示の<1>地点に達し、德一郎を認めたのでアクセルから足を離した。」「別紙見取図表示の<2>地点では德一郎は既に別紙見取図表示の<イ>地点に進んでいたのでそのまま横断を継続するものと思い、左方の交差道路からの進入車両の有無に注意しながら減速した。」「別紙見取図表示の<3>地点での走行速度は時速三五キロメートル位であった。」旨供述している(乙三)。また、被控訴人柏は、原審において、「別紙見取図表示の<3>地点での走行速度は時速三〇キロメートル位であった。」旨の供述をしているほかは、捜査段階における供述とほぼ同旨の供述をしている。
(2) 右に掲記した別紙見取図の記載事項と被控訴人柏の捜査段階及び原審における供述は符合しており、しかも、德一郎が別紙見取図表示の<ア>地点から<イ>地点まで一・四メートル進む間の、加害車両の走行速度、走行距離と德一郎の右歩行距離との間には対応関係が認められ、不合理な点はない。
そこで、仮に別紙見取図表示の<2>地点から<3>地点までの間の加害車両の平均速度を時速三五キロメートルとすると、右地点間を移動するのに要する時間は二・五秒位であったものと思われる。そして、被控訴人柏の原審供述によると、被控訴人柏は<2>地点で德一郎を見たとき同人は別紙見取図表示の<イ>地点に位置し西の方向を向いており、その後、被控訴人柏は別紙見取図表示の<3>の地点で德一郎との衝突の危険を感じたが、そのとき德一郎は別紙見取図表示の<ウ>地点におり完全に東の方向を向いていたというのであるから、德一郎は二・五秒位で別紙見取図表示の<イ>地点ないしそれよりやや東寄りの地点から<ウ>地点まで二メートルないし二メートル余の距離を移動したものと考えられる。右のように、二・五秒位の時間で右程度の距離を移動するということは、その間にたとえ体勢を西向きから東向きに変えるという動作を伴ったとしても、また、德一郎の年齢を考慮したとしても、格別不自然なことではなく(通常の歩行速度が一時間四キロメートルとすると、一秒間に一・一メートル進む。)、控訴人らの前記主張は採用することができない。
(二) 控訴人らは、「德一郎は加害車両に衝突する瞬間に、加害車両の存在に気付き、驚いて上半身だけを加害車両側(北側)に向けたに過ぎない。」旨の主張をするが、そのような動作はやや不自然であると言えるのみならず、德一郎が受けた障害の部位が上半身の前部全体ではなく左腕部、左肺部(甲一の3、一一)にあることからみて、右主張はにわかに採用し難い。
(三) 以上のとおりであるから、原判決認定のとおり、德一郎は、当初は本件事故現場の道路を公園に向かって東から西へ横断し、被控訴人柏が最初に德一郎に気づいたときには既に加害車両の対向車線のほぼ中央付近を横断していたが、本件事故直前に、横断することを中止して、左方から加害車両が接近しているにもかかわらず、元の東側へ戻ろうとして道路を引き返していたと認めるのが相当である。してみると、本件事故の発生については德一郎にも過失があるというべきであり、その過失の程度は原判決認定のとおりとするのが相当である。
四 よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれらを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条一項本文を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 小林茂雄 小原卓雄 髙山浩平)
交通事故現場見取図